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   <title>勝手にニューストピック</title>
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   <subtitle>動物関係のニュース、日々の妄想事</subtitle>
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   <title>気を付けなければならないこと　2</title>
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   <published>2012-05-13T04:53:29Z</published>
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   <summary>親はそうしようと思えば、いつでも、どんな理由ででも、あなたと子どもの接触を絶つこ...</summary>
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      親はそうしようと思えば、いつでも、どんな理由ででも、あなたと子どもの接触を絶つことができるのです。


わたしがインタビューした女性の多くが、こうしたつらい目にあっていました。


例えば、ある男性と4年間一緒に暮らしたメアリーは、彼の2人の子どもたちが彼と同じように大事だったといいます。


子どもたちは、隔週の週末や休暇をメアリーたちと過ごしていました。


メアリーは子どもたちをかわいがり、子どもたちもメアリーになついていました。


・・・ところが、子どもたちの父親がメアリーと別れる決意をしたとき、彼女は愛する男性ばかりでなく子どもたちをも失ったのです。


子どもたちの母親はメアリーが引きつづき子どもたちと会うことをいやがり、メアリーは子どもたちと会う&quot;正規の&quot;の資格を失いました。


それ以後、子どもたちとは一度も会っていません。


      
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   <title>気を付けなければならないこと</title>
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   <published>2012-04-14T04:53:05Z</published>
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      もちろん、あなたが心を開き、子どもと接するようになったとき、問題が起きることもあります。


問題となりそうなことをあらかじめ知っていれば、実際に問題が起きたとき、そうアタフタしないで済むはずです。


最大の危険(とても傷つくかもしれない危険)は、あなたにとって大事な子どもとの接触ができなくなる、あるいは拒否されることです。


よその州に引っ越す、子どもの家族との友情が薄れる、シングルの親が再婚する等々・・・


さまざまな理由で子どもとの接触が徐々に減っていくことがあります。


ときには、精神的ダメージを受けることもあるでしょう。


あなたは親の都合に合わせて子どもと接しているわけですから、親の気まぐれに支配されます。


      
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   <title>子どもとうまく付き合うために　2</title>
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   <published>2012-03-09T05:52:33Z</published>
   <updated>2012-03-09T23:41:02Z</updated>
   
   <summary>貝殻や切手を集めたいと思っていましたか？ アイススケートや乗馬を習いたかったです...</summary>
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      貝殻や切手を集めたいと思っていましたか？


アイススケートや乗馬を習いたかったですか？


木登り、模型飛行機づくり・・・


お気に入りの人形の服を縫うこと、夜更けにお化けの話をすること。


子どもと接触すれば、こうした、普通はしそうもないことをする理由ができます。


自分の中の子どもを遊ばせてあげる口実ができます。


ひとりっ子だったある女性は、子どものころ一緒に遊んでくれるきょうだいがたくさん欲しかったといいました。


「その気持ちは大人になったいまも残っているみたいで、いまだに遊んでくれる子どもたちを探してるんです」。



      
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   <title>子どもとうまく付き合うために</title>
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   <published>2012-02-12T05:51:52Z</published>
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      子どもとのつきあいを実りあるものにするために、あなた自身も楽しめる特別な活動を計画しましょう。


あなたが子どものころ楽しんでいたことで、いまでも楽しめるかもしれない遠出やゲームや催し物を思い出してみてください。


バケツとシャベルを持って砂場で遊ぶのが好きでしたか？


フィンガーペインティングがお気に入りでしたか？


夜、たき火をしてホットドツグやマシュマロの焼きつこをしたキャンプが好きでしたか？


子ども用の映画を最後に見たのはいつのことですか？


・・・あるいは、理由はどうであれ、子どものころしたかったのにできなかったことを思い出してみてください。


      
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   <title>米国経済はよみがえるか　4</title>
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   <published>2012-01-30T05:37:55Z</published>
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      ケインズ理論は1930年代に大恐慌後の経済社会再建のために生まれ、政府による有効需要管理によって景気コントロールを図る需要重視の立場に立っています。


第二次大戦後の各国の復興にもケインズ理論は役立ち、長く先進国の財政金融運営の指針となってきました。


米国でも繁栄を謳歌した60年代まで、ニューエコノミックス(ケネディ政権の経済政策の総称)との呼び名で、ケインズ理論が実際に応用されていました。


・・・しかし、こうした従来理論では70年代のスタグフレーションを説明できず、的確な政策をとれないとの疑問が生じてきました。


新しい物差しと道具スタグフレーションをどう解決していくのか・・・。


ミルトン・フリードマン・シカゴ大教授らによる「マネタリズム」は自由放任主義、つまり


「経済調整を市場機能に委ね、政府の介入を極力排すべきだ」


・・・と主張。


インフレ抑制や安定成長は「通貨量の伸びを一定にコントロール」することによって達成できると提言しました。



      
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   <title>米国経済はよみがえるか　3</title>
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   <published>2011-12-20T05:36:07Z</published>
   <updated>2011-12-20T23:41:02Z</updated>
   
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      レーガン大統領は、


「彼ら(カーター民主党政権)がホワイトハウスを離れた時(81年)には状況はどうだったのか」


・・・と切り返しました。


レーガノミックスの功罪はその背景となる時代と切り離しては語れません。


70年代の米国経済は石油危機以降の持続的インフレと不況の併存・・・


いわゆるスタグフレーションに悩んでいました。


実質経済成長率は79年2・5%、80年にはマイナス0・2%となり、失業率は7%台に跳ね上がっていました。


消費物価上昇率はこの2年に11・3%、22・5%、労働生産性はマイナスを記録し、インフレに引きずられて金利は20%台の異常事態が続きました。


なぜ異常事態に陥ったのでしょうか。


原因を突き止めるメスの役割を担ったのが、サプライサイド・エコノミックスと呼ばれる供給重視型経済学・・・


さらに通貨量管理主義とでも言うべきマネタリズムなどの新しい理論です。


従来の総需要管理型のケインズ派経済理論を正統とすれば、レーガノミックスは異端とも見倣される新理論に立脚した点で注目を集めました。


      
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   <title>米国経済はよみがえるか　2</title>
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   <published>2011-11-22T05:34:39Z</published>
   <updated>2011-11-22T23:41:03Z</updated>
   
   <summary>デュカキス候補率いる民生党はこう国民に訴えました。 ブードゥー(呪術)経済学と無...</summary>
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      デュカキス候補率いる民生党はこう国民に訴えました。


ブードゥー(呪術)経済学と無責任な財政政策の結果として、


「米国は世界最大の債務国に転落し、子供達は将来の借金を背負わされた」


「レーガン政権は供給重視の経済学から米国が恩恵を受けると約束したが、逆に勤労者の給料は目減りし若年層の住宅購入は困難になり、貧困者やホームレスが通りに蔓延している」。


また、


「鉱工業の衰退、抵当流れに追い込まれた農家、外国のエネルギーや資本への不健全な依存、投機的な企業買収、外国人による土地や資源の所有増加などを我々は目の当たりにしている」


・・・といいます。


民主党は経済政策を転換するため、


「責任ある財政、輸出増加と雇用流出減を目指す」


「政府は貿易管理に利用できるあらゆる手段を積極的に活用する必要がある」


・・・と訴えました。


こうした認識に共和党は真っ向から反論します。


      
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   <title>米国経済はよみがえるか</title>
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   <published>2011-10-21T04:26:41Z</published>
   <updated>2011-10-24T22:41:26Z</updated>
   
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      1989年1月20日、この時期にしては寒気が緩んだ日でした。


ワシントンの連邦議事堂前で共和党のブッシュ新大統領の就任式が行われ、正午の「職務遂行と憲法擁護の宣誓」をもって第41代大統領が誕生しました。


10万人の観衆・・・


そしてテレビを見つめる全世界に向かってブッシュ大統領は「こころやさしい国、思いやりのある世界を創るという米国の崇高な目的」を説きました。


共産圏の自由化の波、レーガン政権が軌道を敷いた米ソ軍縮など


「新しい風が生まれ・・・


朽ちた老木から枯葉が散るごとく古い観念も吹き払われた」


・・・と語りかけました。


しかし、内政については


「連邦財政を均衡させ、米国の団結を明確にしなければならない。事態は困難かもしれない」


・・・と苦渋に満ちた言葉が続きます。


麻薬、ホームレス(家のない人)、荒廃した教育など米国社会が抱える重荷はもちろん、国家財政、国際競争力回復にも取り組まなければならない門出でした。


88年11月まで約1年にわたる大統領選挙戦は、レーガン前共和党政権の「負の遺産」である財政・貿易の「双子の赤字」をどう解消していくかが争点でした。



      
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   <title>暮らし方と部屋の関係　2</title>
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   <published>2011-09-09T01:11:44Z</published>
   <updated>2011-09-09T22:40:06Z</updated>
   
   <summary>アメリカでは、もし子供が約束の時間に帰って来なければ、目覚まし時計が鳴っていても...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://apec-wg.com/">
      <![CDATA[アメリカでは、もし子供が約束の時間に帰って来なければ、目覚まし時計が鳴っていても止めることができず、約束を破ったことが家族にわかってしまうわけです。


そのように、家の中のルールというか作法といったものがいろいろあって、子供たちは規律を守りながら、自由の大切さを感じるようにしつけられていくわけです。


それがアメリカの暮らし方でもあるようです。


暮らし方によってひとつひとつの部屋に対する考え方や使われ方がずいぶんと違ってくることがあります。


家を大きく分けると、プライベートなゾーンとパブリックなゾーンの二つに分けることができますが・・・


そのパブリックなゾーンの中でも最もパブリックなのは玄関です。


そこの家を訪問した方が玄関先だけで用をすまして帰ってしまったとすると、その玄関の印象でお家の印象が決まりますから、玄関は「家の顔」ともいえる大事な所です。


玄関に<a href="http://temponotatsujin.jp/" target="_blank">かくれん棒</a>などの照明を飾る人も多いですね。

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   <title>暮らし方と部屋の関係</title>
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   <published>2011-08-10T01:11:11Z</published>
   <updated>2011-09-08T22:41:25Z</updated>
   
   <summary>ドイツは町の中もきれいですが、それは、ゴミを捨てたり汚したりする人がいないからで...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://apec-wg.com/">
      <![CDATA[ドイツは町の中もきれいですが、それは、ゴミを捨てたり汚したりする人がいないからではなく、よく掃除をするからです。


汚さないように生活するのではなく、自由にのびのびと生活し、汚れたら掃除をするというのがドイツの人の考え方です。


このように整理整頓・掃除がちゃんとできていれば、部屋はいつもさっぱりときれいになっているはずですし、<a href="http://temponotatsujin.jp/" target="_blank">かくれん棒</a>や家具の素材の持つ美しさも保つことができます。


それがインテリアの基礎でもあるわけです。


アメリカなどの場合ですと、家は子供のためにつくるのではなく夫婦のためにつくるものだということがはっきりしています。


ですから、夫婦のための主寝室にはシャワーもバスタブもあるのに、子供の部屋にはシャワーしかないのが一般的です。


そのために、もし子供たちがバスタブを使いたいときには、ちゃんと両親のバスルームを許可を得てから使い、「ありがとう」と言って出ていきます。


また、外出にしても、子供が「何時に帰るから」と約束をして外出すると、その時間に目覚まし時計をセットして子供部屋に置いておく家もあります。

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   <title>反転した世界情勢の認識　7</title>
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   <published>2011-07-05T08:42:39Z</published>
   <updated>2011-07-05T22:41:04Z</updated>
   
   <summary>外交部の立場を代表する雑誌として知られる『国際問題研究』。 これは、90年10月...</summary>
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://apec-wg.com/">
      外交部の立場を代表する雑誌として知られる『国際問題研究』。


これは、90年10月発行の第4期号で、世界は目下、戦後ヤルタ体制が崩壊して多極化の方向に進んでいるとする見方を提示していました。


ただし、この体制移行の過渡期には世界戦争勃発の危機を含めて、なお多くの軍事的、政治的な衝突と混乱が引き起こされる危険性があるとしています。


さらに世界の矛盾は、依然、社会主義と資本主義の対立、および先進諸国と発展途上国の南北間矛盾によって構成されていると指摘することも忘れていません。


・・・この点からすると、防衛的な意図を持って積極的な第三世界外交を展開するという線では、指導部内に意見の食い違いはなかったということです。


・・・ここでの問題は、天安門事件をアメリカを中心とした西側勢力の外部からの陰謀によって起きたとみなす見方が、その後の東欧の激動を経ることによって、いっそう深化すること・・・


むしろアメリカの全般的な世界戦略として、中国だけでなく社会主義圏全体を平和的に資本主義体制へと移行させようとする意図が働いているとする見方に変わりつつあることでした。


このような認識の転換はその後さらに進むことになり、ひいてはアメリカの意図が社会主義圏のみならず、脱冷戦の過渡期全般において全世界規模での新秩序形成に主導的な地位を占めようとする点にあるとする認識を生むまでになっていきました。


・・・いずれにせよ、90年末までの段階では、なお中国指導部内に世界情勢をめぐって必ずしも統一した認識が確立していなかった可能性が高かったのです。


      
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   <title>最大の弱点</title>
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   <published>2011-06-20T04:11:16Z</published>
   <updated>2011-07-07T04:13:04Z</updated>
   
   <summary>『AKIRA』 原作・脚本を兼ねた大友監督自身、「ゴチャゴチャしていて、観終わっ...</summary>
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      <![CDATA[『AKIRA』


原作・脚本を兼ねた大友監督自身、「ゴチャゴチャしていて、観終わった後に思い出してみると形になっている」ものを作りたかったと言っています。


その狙いは十全に果たされており、現在に至るも世界中で評価されるカルト作品たり得ているのだが、実はそれこそが本作の最大の弱点でもある。


カルトはカルトでしかなく、決して一般受けはしないという現実・・・。


そんな作品はいくらでもある、というより、そんな作品こそ映画ファンは愛し、史上の傑作として語り継ぐものです。


『2001年宇宙の旅』しかり、『ブレードランナー』し称り。


そしてそれらの作品は、長期的には興行側に富をもたらすものの、短期的には戴大な負債を残すという宿命があります。


さて、話は変わりますが、最近<a href="http://www.rental-station.jp/" target="_blank">ビデオカメラ レンタル</a>にはまっていますｖ楽しいんですよね。

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   <title>神霊や死霊・生霊</title>
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   <published>2011-06-19T04:49:31Z</published>
   <updated>2011-06-28T04:51:02Z</updated>
   
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      <![CDATA[とある方は以下のように述べました。


神霊や死霊・生霊、人狐や犬神が古来の信仰にその根をもっていたのに対し、この項で扱う式神や護法は輸入ものの愚霊だということができます。


比較的出自がはっきりしている護法のほうからみてみよう。


それはその名が大きな手がかりとなります。


護法とは読んで字の如く「法を護る」神霊であるが、この場合の「法」は法律ということではない。


インドの古語であるサンスクリットのダルマの訳で、仏教の核心とか真理という意味を表わす言葉です。


その法を護るというのだから、護法は仏教の守護挿の一種ではないかと推測することができよう。


実際、毘沙門天や仁王といった仏教の守護神は「護法神(天)」と呼ばれたりもするのです。


ところで、世の中には色々な占いがありますが、<a href="http://www.e-aine.com" target="_blank">電話占いならココ</a>だと言うところに行ってみたいです。

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   <title>反転した世界情勢の認識　6</title>
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   <published>2011-06-13T08:41:19Z</published>
   <updated>2011-06-30T22:42:17Z</updated>
   
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      前回かいたような積極外交は、あくまで中国が認識する危機に対抗する手段として展開されたものであることを知る必要があるでしょう。


現に同じく3．で用いられている米中ソの「大三角関係」という言葉は、元来、ブレジネフ議長が死んで間もない、1984年に宙郷が提起した言葉で、依然、冷戦認識が色濃く反映された言葉でした。


当時は彼自身、


「米ソ関係はたいへん緊張しており、両国の戦争準備は強化されつつある」


・・・との国際情勢認識を示していたのです。


ソ連の当時の状況は、ブレジネフの後を継いだアンドロポフが短日裡に病に倒れ、さらにそれをチェルネンコが継ぐというきわめて不安定な政治状況にありました。


いわば過渡期にあったわけです。


ブレジネフ時代の対外拡張主義の政策が持続されるのか、あるいは撤回されるのか、なお不確定な時期だったからです。


ですから、90年になって再びこの「大三角関係」という言葉が用いられるようになったということは、84年時期の冷戦認識に近いものが復活したと見ることもできるでしょう。


むろん、こうした冷戦認識への回帰がこの90年春の段階で、ただちに指導部内で全面的に支配的になったとは必ずしも言えません。



      
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   <title>反転した世界情勢の認識　5</title>
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   <summary>同総会は東欧各国の共産党の例に倣って、ついにソ連共産党までが一党独裁制を放棄する...</summary>
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      同総会は東欧各国の共産党の例に倣って、ついにソ連共産党までが一党独裁制を放棄する行動綱領を採択したものです。


それまで、なおゴルバチョフのペレストロイカを辛うじて社会主義制度下の改革の枠内にあるものと見ていた中国指導部は、この行動綱領の採択にきわめて大きな衝撃を受けることになりました。


この直後に中国共産党中央は内部幹部向けに「ソ連共産党の2月中央委員会総会に関する参考資料」を通達し、次の3点の確認を行っています。


1．ゴルバチョフの推進するペレストロイカは、社会主義ソ連を資本主義に「平和的に転化する」ことをめざしており、西側資本主義国もこれを歓迎している。


2．アメリカを中心とした西側の「国際敵対勢力」は、東欧・ソ連を屈服させたのち、いよいよその矛先を中国に向けてきており、闘争は複雑で激化してきている。


3．中国は米中ソの「大三角関係」を巧みに処理しつつ、反帝・反覇権の立場に立つ第3世界諸国および社会主義諸国との関係強化に努める。


・・・というものでした。


このうち3．については、実際に中国はこの直後から第三世界諸国との外交関係を活発化させ、90年3月にナミビア、7月にサウジアラビア、10月にシンガポール、11月にマーシャル諸島共和国・・・


と、それぞれ国交を樹立する一方、65年以来国交を断絶していたインドネシアとも8月に国交を回復していました。


      
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